【初チャップリン】「街の灯」感想

映画

今から90年前の古典的名作映画。

悲劇も他人から見れば喜劇。
そんなことを、ふと思った作品です。

街の灯

街の灯 City Lights【Blu-ray】 [ ヴァージニア・チェリル ]

データ

公開:1931年(日本では1934年)
製作国:アメリカ

あらすじ

浮浪者であるチャーリーは、
街角で街角で花を売る盲目の女性に一目ぼれ。

ひょんなことから金持ちの紳士と誤解された
チャーリーは、嘘をつき通すために、
いろんな仕事を転々とし、
なんとかお金を工面するために奮闘するコメディ。

モノクロのサイレンス映画です。

1931年というと、
トーキー映画が台頭してきた時代で、
日本でも31年からトーキー映画が
製作されたとか。

そんな時代にサイレンスで挑む
チャップリン。

もしかしたら映画「アーティスト」の
モデルになってたりするのかな。
 
 
明確な役名がコールされないので、
チャップリンはチャップリンとしか
言えないところは、なんだか時代を感じる。

そして撮り方にも時代を感じます。
カメラは固定で、
ドリーやらズームやら動くことはほぼない。

役者に動きがあるときは、
広く画角をとり、
そのなかで演技をしている。

なので、舞台演劇に近い見せ方だ。
ただ、ちゃんとカット割りをしているので、
れっきとした映画です。
 
 
そんな「街の灯」
今見てもスゴイ!と思う部分が2つ。
 

まずは、画で伝える

サイレントであるがゆえに、
音に頼れないため、
全て映像で伝わるようにする工夫。

なかでも、花売りの女性がチャップリンを
富豪と勘違いする一連のシーンはユニーク。
 
 
2つめは演技!
見てみると分かりますが、
日本のお笑い。
コントからリアクション芸まで、
全て「チャップリンが元」なんだと気づきます。

今、テレビで見かける笑い芸の
ほぼ全てが、この頃にあったんだなぁ。と。

故・志村けんさんはチャップリンを研究していたらしく、
酔っ払い芸とかは、ほんとうにまんまだし、
流れるように次のボケ次のボケと
テンポよくたたみかけるリズムも似ている。

そんなドリフの志村さんを見て育った世代は、
彼を参考にするので、
突き詰めていくとチャップリン似てくるわけで。。。

こうして繋がっていると考えると中々面白い。
 
 
このコメディが面白く見えるのは
サイレントならではのオーバーアクションだからだと思います。

声の代わりに身振り手振りで伝えるさまは、
リアルには、そんなリアクションありえないけれど、
フィクションのひとつの芸として完成したのかもしれない。

そして、言葉に頼らないからこそ、
現代でも楽しめる。

「街の灯」では特にボクシングのシーンは最高!!
全員の息があったコントを見ているようで
すげえ楽しい。
 
 
 
さて、物語の内容について。
ここからネタバレ。

物語の終盤、チャップリンは花売り娘のために、
目の治療代を工面します。

ボクシングの八百長試合、清掃員の仕事など。
並々ならぬ過程を経て手に入れたお金です。

治療費を渡すのと引き換えに、
チャップリンは娘の前から姿を消します。

それからしばらくして。

浮浪者となり、みすぼらしい服をまとうチャップリンは、
子供にもバカにされていました。

その姿を見て笑う人。
それが花売りの娘です。

目が見えるようになり、
立派な花屋を立ち上げていた彼女は
ガラスのショーウインドウ越しに
チャップリンを見て笑っていました。

みすぼらしい彼を哀れみ、
花売りの娘は小銭と一輪の花を
チャップリンに渡そうとします。

そのとき、手を握った感触で
はたと気づきます。

「あなたでしたの?」

目の前のみすぼらしい男性が、
あの「親切な紳士」であることに気づくのでした。

ここから映画は、
娘の喜びとも悲しみとも言えない表情と、
チャップリンの屈託ない笑顔で締めくくられます。
 
 
娘の笑顔は、
申し訳なさからくるのか。
それとも、
理想の紳士からほどとおいけれど
感謝の念も入り混じっているのか。

もう、なんとも言えない表情なので、
これは見た人の感性で捉え方が変わる部分です。
 

ちなみに、私は
「あなたでしたの?」が
「え?あんたなの?」に聞こえてしょうがない。
 

悲劇もヒトから見れば喜劇。
それがコメディなのかも。

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