“チャップリン読本”『教養としてのチャップリン』を読む

書籍

こんな世の中だからこそ、
ステッキ、山高帽、チョビ髭の親父に
笑い飛ばしてほしい。
 
チャップリン読本として、
分かりやすくて面白い本の話。

ビジネスと人生に効く 教養としてのチャップリン

ビジネスと人生に効く 教養としてのチャップリン
著:大野裕之

チャップリン幼少期の貧困時代から、
18歳で英国ミュージック・ホール界大スター。
そして、演劇から映画へ舞台を移し活躍する経緯を
簡潔に教えてくれる1冊でした。
ちなみに、素顔の写真も掲載されてまして、
これが、キャラと間反対のイケメンで驚き!
 
読み終えてのヒトコトは、
権力に“笑い”で立ち向かった男。
それがチャップリンである。と。
 
 
そもそもチャップリンとは何を成し遂げたのか。
それは、歴史上初めて“動く姿”が“世界中で共有”された人物。
SNSなど、メディア中心の現代を形作った始まりの人。
 
どういうことかというと、1921年公開、
チャップリン主演の「キッド」
公開後、数年のうちにほぼ同時期に世界中の国で公開。
つまり、世界的に大ヒットした最初の映画。
史上初めて誰もが見たことのあるスター。
 
映画の発明で、
それまで、噂や写真でしか知ることのできなかった人物が、
実際に生きて動いている。ことを知るのは、かなりの衝撃だったはず。
そんな、映画という技術を巧みに利用したのが、
チャップリンという男なのだ。
今では、動画を共有するのは珍しくないけれど、
その礎を作ったと言っても過言ではない。
 
  
チャップリンの経歴の中でも、
興味深い話がある。
彼がコメディの本質に気づいたのは
幼少期の体験がきっかけ。
 
当時チャップリンが住んでいた近所に食肉処理場があった。
ある日、そこへ運ばれる羊のうち、一頭が逃げ出す騒ぎが起きる。
羊は通りを無茶苦茶に走り、
追う人も、つまずく、転ぶと大わらわ。
それを見た幼いチャップリンも笑っていた。
やがて、羊がつかまり荷車に戻されると、
羊は食肉になってしまう。ということに気づいたチャップリンは、
「羊が殺される!」と母に泣きついたそう。
「喜劇」の裏には「悲劇」的現実がある。
2つは、表裏一体だった。

 
早いうちに、コメディの本質に
気づくきっかけがあったとは面白い。
 
 
社会の影をコメディにするには、
社会について理解が深くないとできない。
かなりの読書家だったらしいチャップリンには
何が見えていたのか?
 
ちょっと、チャップリンを誤解してました。
おちゃらけたイメージだったから。
 
 
そのキャラとは、想像もつかぬほど、
笑いには四苦八苦されてたようで。
大スベリしたことも、やっぱりある。
 
それは、文化面も関係していて、
例えば、18歳のとき。ユダヤ人地区で
反ユダヤギャグをしてしまい、大スベリ。
まあ、当然だけれど。
ただ、チャップリンの住んでいた地区では
反ユダヤの考えが普通だったのである。
アメリカ初公演でもイギリスギャグが受けず。
国・地域によって“笑い”の感覚の違いを覚えていく。
 
試行錯誤の末に、たどり着いたのが、
人種や性的なギャグをしない。
つまり、誰にでも受け入れやすいコメディのスタイル。
チャップリンのヒューマニズムは
初めから持っていたわけではないのだ。
 
映画でも、自分の演技に納得いくまで何度も撮った完璧主義者。
最初のアイデアで2分だったものが10秒になることも。
不要なものは遠慮なく切り捨てる精神。
美しいのものはシンプルである。
だから、チャップリンのコメディも美しいのかもしれない。
 
 
ちなみに、チャップリンのお馴染みの恰好が
生まれたのはいつか?
それは、1914年。
当時、出演していた映画の監督に、
急遽ギャグを頼まれたチャップリンは、

チョビ髭、ドタ靴、山高帽、きつい上着、
だぶだぶのズボン。
ちぐはぐな恰好を思いつく。
それが、今もトレンドマークにもなっている、
放浪者でありながら紳士でもある、あの恰好。

はじまりは、単なる「思いつき」。
間に合わせの衣装だったというのだから、
めちゃくちゃ意外!
 
 
そんなチャップリンの有名な言葉がある。
 
「公園と警官とかわい子ちゃんがいれば、
コメディを作れる。」

 
公園はどこにでもある場所。
警官は権力の象徴
かわい子ちゃんは、あこがれ、夢の象徴。
3つ要素があれば、コメディを作れると言ったのである。
権力に監視される世界で
弱者に生きる場所はあるのか?
弱者の側が、いつの間にか個人の意志さえも奪われてしまい、
そこですっかり満足している状況こそ
格差社会のリアルじゃないのか。
  
そんな現実と“笑い”を武器に戦った男。
 
 
チャップリンの思いが強く出ている作品が、
1918年の『担へ銃(になえつつ)』
当時、戦争を題材に喜劇を作るのはタブーとされていた。
多くの反対を押し切り、あえて悲劇を笑うことを選ぶ。
 
「笑わなければ、きっと気がおかしくなってしまうに違いない」とは
チャップリンの言葉である。
 
また、この時代。
もうひとりの有名なチョビ髭も現れる。
それがヒトラー。
 
 
ヒトラーの力は「演説」
「何かを変えてくれる」期待を常に抱かせるのが抜群に上手かった。
その主張を全国に広めたのは映画の力。
奇しくもチャップリンと同じ力を持っていた。
 
メディアを利用した2人はメディアで対立する。
チャップリンがヒトラーをパロディにするというと、
各地で反発が起きたそう。
ドイツ、イギリス、そしてアメリカも。
当時のアメリカでは、不況にあえぐドイツを立て直したリーダーとして
人気があったヒトラー。それはファンクラブもあるほどだった。
 
逆境の中生まれたのが「独裁者」という映画。
驚くことに第二次世界大戦勃発と同時期に撮影スタート。
戦争への強い反対の意思を感じる。
 
この「独裁者」が公開後、ヒトラーはどうなったのか。
彼は、1940年の1年で1日3~4日の頻度で行っていた演説を
映画公開翌年の1941年には1年で7回に演説が減っていた。

因果関係は分からないけど、
もしかしたら、効果はあったかもしれない。
 
 
そんなチャップリンの名言がもうひとつ。
1949年「殺人狂時代」という作品のセリフ。
「一人殺せば悪党で100万人殺せば英雄だ。
数が殺人を神聖なものにする。」

 
戦争を皮肉った、カッコいい言葉だ。
 
 
平和を愛したチャップリン。
そのほか、経済にも明るかったらしく、
今の時代を予見するかのような言葉も残している。
そちらは、当ブログでは省略。
実際に本を読んで確認してみてちょ。
 
 
チャップリンの生い立ちと、考えが
分かりやすくまとめられていて、面白い本でした。
あと、読み終えると、
チャップリン映画が無性に見たくなります。

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