“暴力という正義”『仮面ライダーBLACK SUN』感想

仮面ライダー・ザ・GOKUDO!な
ドラマの話。

仮面ライダーBLACK SUN

データ

監督:白石和彌
脚本:髙橋 泉
音楽:松隈ケンタ
コンセプトビジュアル:樋口真嗣
特撮監督:田口清隆

あらすじ

時は2022年。国が人間と怪人の共存を掲げてから半世紀を経た、混沌の時代。
差別の撤廃を訴える若き人権活動家・和泉 葵は一人の男と出会う。
南光太郎──彼こそは次期創世王の候補、「ブラックサン」と呼ばれる存在であった。
50年の歴史に隠された創世王と怪人の真実。
そして、幽閉されしもう一人の創世王候補──シャドームーン=秋月信彦。
彼らの出会いと再会は、やがて大きなうねりとなって人々を飲み込んでいく。

出典:「仮面ライダーBLACK SUN 公式WEBサイト」より引用

アマゾンプライム独占配信。
全10話。
時間にして7時間ちょっと。
リメイク元の「仮面ライダーBLACK」から
仮面ライダーの世界に入った自分としては、 
いろいろ考える余地があって
楽しいシリーズでした。
 
 
見た中で、最大の特徴は、
徹頭徹尾、戦闘シーンを醜く描く。
暴力を暴力として描いていた。ことかな。
たぶん、見た人の半分は、
『孤狼の血』の続編が出たのかと勘違いしたんじゃないか。
 
 
殴れば血しぶきが舞い、
相手を、嚙みちぎり、
五臓六腑を引きちぎり。。。
「こんな非道なことは
自分には、できそうにもない。」

そう思わせてくれるシーンになっている。
クモ怪人のはらわたを、引っ張り出すシーンは、
最初から度肝を抜かれた。
ヒロイックに、
爽やかに戦うシーンは全くない!

もちろん怪人も爆発しない。
・・・まあ、この作風で怪人が爆発すると変だし。
 
 
ヒーローは、いつも敵をぶん殴って、「めでたしめでたし。」
けど、それって客観視したら、
ただの暴力だよね。
こんな「自分だったらできそうもない」ことは、
誰の目線から見たらヒーローになるのだろう?

 
差別の描写が多いので、
「人種差別」をテーマかな。と思いきや、
もっと、人間の本能的な、
どうしようもないところの話をしている気がした。
 
 
 
例えば、
最近ではコロナに対するマスクだ。
「マスクをするべき派」と
「マスクするべきでない派」。
 
マスクをする必要がある意見は、
第一に、感染させないため。
あるいは感染させたくないため。
 
マスク不要派の意見は、
マスクなんて意味がない。
息苦しいだけ。
 
お互いの意見があるのだが、
共通するのは、
「正しいのは自分の意見であり、
相手は自分に合わせるべきである。」
 
コロナ流行初期は、
マスクしてない人間を徹底的にたたき、
最近では、マスクが人を殺すという主張をする人もいる。
どっちでも良いという意見はあるが、
なぜか、どちらも居ていいという意見は存在しない。
 
どうしたって乗り越えられない隔たり。
根本にあるのは、一緒の気持ち。
それは、「自分が不快にならない」こと。
 
 
これは、まんまBLACKSUNに当てはまる。

・怪人もそうでないものも同じ人間である。
・敵も味方も同じ力を持つ。
・そして、怪人も人間も同じ権力が支配している。

 
根本は同じだが、絶対に相いれない。
 
怪人も人間側も、
それぞれの正義を誇張して描いているので、
どちらが正しいと言いにくい見せ方も意地悪だなぁ。
今作ヒロインの葵ちゃんなんて、
行き過ぎた正義マン感が半端ない!
敵対勢力に対して、
「差別主義者」と唾を吐くのは、なかなか。
 
意地悪といえば、
怪人には、どうやら独特の臭いがあるみたい。
「パラサイト 半地下の家族」でも、
下級の人間は臭い。近寄るな。って描写あるけどさ。
臭いってのは、人間の本能に語りかけるものだから、
いやな部分をついてくるよね。。。
 
画作り的にも、
冒頭の人間のデモと怪人のデモがクロスするシーンとか、
二つの感情が入り混じった見せ方がけっこうあるし。
そういえば、過去と現代を繰り返しながら見せていくという、
「相いれない2つのもの」を意識した構成に感じた。
 
 
「お前もかい!」な裏切りの連続は、
正しいものは、見てる側が選ばなければならない、と
問われた気がする。
例えば、ビルゲニアと警察官の戦い、
序盤と印象まるで違う。
このときの警察官の黒川さんなんて、
まさしく、「お前もかい!」
 
だから、最終回、ブラックサンに待ち受ける最後の展開も、
誰かが受け入れることをしなければ
一生終わらない。

そんなことを思った。
 
最後の「悪がいる限り闘う」って、
なかなか皮肉なセリフだよね。
だれが悪になるんでしょうね。
 
 
ちょっと、最終回、最後のシーンに対して思うこと。
日本では、外国人不法労働者ってニュースがたまにある。
文字で見るとなんだか悪いことのように思うけど、
その裏側のホントの所を知りたくなる。
 
 
一方で、
シリアスでヤバいシーンの数々があるゆえに、、
ところどころに表れる原作演出が光る。
 
例えば、初めて「変身」と言うところ。
ここ、めちゃくちゃカッコいい!!
積み重ねがあってのあれだからね。
本当に許さん!気迫がある。
あと、あんまり、詳しく書けないけど、
最終回の冒頭シーン。
これは腹抱えて笑った。
 
 
ただ、イマイチだなぁと思う部分もあり、
それは1つに集約できるんじゃないかと。
 
ずばり「長すぎる」ということ。
 
一挙配信にした理由に、
たぶんこれも入ってるんじゃないかな。
ストーリーが、なかなか前に進まない。
ちょっと同じことを引っ張りすぎな気も。
長いから、序盤でやめられないように、全話配信したのかも。
 
ただ、それほど丁寧に描ているからこそ、
ブラックサンは、なぜ2段変身できるのかが余計気になる。
10話もあるから、
そこに触れるかと思いきやまったくない。
 
ほかにも、
キングストーンって取り出し自由なの?とか
そもそも、なんで揃えたら絶大な力が生まれるの?とか
多くは語られない。
他の要素は、こじつけで理由つけてきたのに。
これが5話くらいで終わるのであれば、
勢いで乗り切れたかもしれないし、
残る謎は「考察」のよすがとして、残っていったかもしれない。
・・・が、これだけ時間かけて
なんか、不完全燃焼感がある。
そもそもダロムたちが、
人間に迎合した理由もピンと来ない。
ダロムの葛藤が無いからだけど。
 
 
とまあ、
いろいろ、物足りなさはあるけれど、
暴力ははたして人を救うのか?
ヒーロー像を考え直す良い作品だった
と思いました。

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