イランのタクシー運転手に扮した監督のドキュメンタリーだと思ってたら。。。
完全に騙された!っていう映画の話。
人生タクシー
データ
公開:2017年4月(日本公開)
製作国:イラン
監督:ジャファル・パナヒ
あらすじ
ダッシュボードに置かれたカメラがとらえるのは、強盗と教師、海賊版レンタルビデオ業者、
交通事故に遭った夫妻、映画監督志望の大学生、金魚鉢を手に急ぐ二人の老婆、小学生の姪、
強盗に襲われた幼なじみ、停職処分を受けた弁護士、個性豊かな乗客達の悲喜こもごもの人生。
彼らの人生を通して、イラン社会の核心が見えてくる―
もうちょっと、早めに見ておけばよかった。
パナヒ監督は、この映画撮影時、
政府から映画製作を禁止されている。という事情がある。
イランの映画は、厳しい検閲があるらしく、
男性、女性の服装1つとっても厳格にルールがある。
特に反体制的なものは、上映禁止となるらしい。
それを飛び越えて、製作そのものを止められてしまったパナヒ監督。
禁止された映画を、どうやって撮るか?
撮影クルーが路上にいれば、バレてしまう。
そこでとった方法が、車の中で完結する物語を撮る!
実際、ドライブレコーダーに映りこんでしまった映像にしか見えない。
イラン映画は、数えるほどしか見てないけど、
特徴として思うのは、限りなくリアルで自然体。
日常生活の延長にあるような映画かなと。
一見して、フィクションか分からない、境界の曖昧な作りが印象的。
それの究極が、たぶん、この「人生タクシー」
繰り返し挟まれる、「映画撮ってるんでしょ?」ってセリフがなかったら、
フィクションだと気づかなかったかもしれない。
1日の時間経過を、
時間通りに見せていく、限りなくウソのない作り。
シーンの間の時間をカットしたとは感じず、
タクシーが走り出してから、降りるまで一連の流れとして見られる。
けど、映画的ウソが散りばめられている。
例えば、レンタルビデオ業者。
彼が登場するタイミング。
たまたま相乗りしてしまった教師と強盗が激しく口論する。
このとき、カメラには監督、教師、強盗の三人しか映らない。
教師と強盗がタクシーからおりる。
すると、その時、カメラの画角的に死角に入っていた
業者の男が顔を出し、カメラに映りこむ。
「もうひとり、いたのかよ!」って、誰もが思うはず。
本来いるはずなのに、いないように見せる、であるとか。
もうひとつは、レンタル業者がタクシーから降りると、
小学生と同等の背丈だと初めて分かるところ。
先入観を使った映像演出は映画的。
さまざまな、事情をもつ人間たちが入れ替わり、
それぞれの人生の一片を垣間見せることで、
イランが抱える問題点もおぼろげながら見えてくる。
ただ、それよりも!
人生タクシーの「人生」には監督自身も入ってたんだ!と
最後まで見て気づく。
アマチュア映画監督たちが出てきて、イランの映画の誓約について、
グチをこぼすところは、監督の心情吐露だし、
「これ、映画撮ってるんですよね」「いや違う」のくだりも、
映画撮っちゃダメと政府に言われている立場上、挟んだと思われる、
言い訳のようなシーンだと感じる。
斬新な作りで、見ごたえのある映画でした。
でも、これ全部フィクションでいいんですよね?
もしかして、本物もあるのかな?
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